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長崎地方裁判所 昭和23年(ヨ)47号 判決

申請人

三菱鉱業株式会社

被申請人

富永理一 外九名

当裁判所は、被申請人國武糺、同川場松美、同道久寛市、同高木孟に対し金五千円宛、その余の被申請人等に対し金千円宛の担保を供させた上左の通り判決する。

主文

被申請人森泉辰之、同吉井玉喜を除くその余の被申請人等が、別紙目録表示の通り各その氏名下に記載の寮室又は社宅に対してして居る占有を解いてこれを申請人の委任する長崎地方裁判所所属執行吏に保管させる。

被申請人等は、申請人の経営する長崎県西彼杵郡高島村高島鉱業所の現業区域より退去し、今後右寮室、社宅及び現業区域に立入ることを禁止する。

執行吏は、右寮室及び社宅を申請人に使用させることができる。

執行吏は右現業区域を表示するため、適当な方法を講じなければならない。

申請手続費用は被申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、申請人森泉辰之、同吉井玉喜を除くその余の被申請人等が、別紙目録表示のとおり、各その氏名下に記載の寮室又は社宅に対してして居る占有を解いて、これを申請人の委任する長崎地方裁判所所属執行吏に保管させる。被申請人等は、申請人が経営する長崎県西彼杵郡高島村高島鉱業所の地域より退去し且つ今後正当な理由がなくして該地域に立ち入ることを禁止する。執行吏は、右寮室及び社宅を申請人に使用させることができる。執行吏は右寮室及び社宅がその保管にかかることを表示するため適当な方法を講じなければならない。申請手続費用は、被申請人等の負担とする。との判決を求める。

事実

申請人会社は、長崎県西彼杵郡高島村及びその一帯に石炭鉱区を所有し、高島鉱業所の名称を以て、石炭鉱業を営むものであり被申請人等は、夫々雇傭期間の定めなくして、申請人会社に雇われ(その被雇の年月日及び職名は別紙目録記載のとおり)爾来同目録表示のとおり各その氏名下に記載された申請人所有の寮室又は社宅に居住し、全日本石炭産業労働組合高島支部(第一組合)に所属するものである。ところが高島鉱業所には労働組合として、右組合の外に尚高島炭坑従業員組合(第二組合)があつて、申請人会社は昭和二十三年五月二十四日日本石炭鉱業連盟及び全日本石炭産業労働組合中央部間に成立した賃金中央協定に基く採炭夫の採炭目標実施期につき、同年七月二十三日右二組合と接渉を開始し爾来数次団体交渉等を以てこれを重ねて来たが、八月四日夜組合側は従業員大会を開催して討議し結論を見るに至らないで、一応これを解散したところ、被申請人等は引続き深更職場代表会議を施行しその場において四十八時間ストを決議し、その結果五、六両日多数の採炭夫の集団的欠勤を生ずるに至つたのである。そこで、会社側は八月五日文書により組合側に対し右四十八時間ストを組合において支持するかどうかを糺し、その回答を求めたところ、両組合共(第一組合は四月五日第二組合は同月十八日)ストは組合の指令に基かないもので、組合はこれが収拾に万全の努力を致す旨の回答をして来た。斯様に右四十八時間ストは、組合の意思を離れ、これとは無関係に行われた分派的な行動であり、且つ前示中央における紛争を平和的に解決するため紛争処理機関に付議すべき旨の協定にも違反して居り、これにつき煽動者の一部が平和的解決より実力行使を絶対的に主張して居ること等より見れば、右スト行為は、決して労働関係調整法にいわゆる争議行為と認むべきものではなく、明に集団欠勤たる違法な行動といわなければならない。

而して被申請人等は、いずれも組合の幹部たる地位にあつて多数の組合員を煽動して、右集団欠勤をさせ申請人会社に対し著しい生産阻害を与えたものでその行動たるや到底黙視し難く、申請人は止むなく、同年九月ここに会社就業規則第九十一条第四号及び第十八号並びに同規則第九十三条に基き組合の意見を聴いた上制定された賞罰委員会規定に従い、賞罰委員会を開いて、これ等主謀者たる被申請人を解雇する旨決議し、被申請人等に対し解雇の通知をし且つ労働基準法第二十条の規定により予告手当として、被申請人等に夫々解雇後三十日分の賃金を支給するから、受取に来るよう催告したけれども被申請人等において、これを受取に来なかつたので同月二十二日より二十四日までの間に、長崎司法事務局供託課にこれを弁済供託し、被申請人等にその住居の退去を要求したけれども今以て一人だに明渡に応じない実情にある。幸いストは組合が極力一致従業員に対し就業を督励したので、八月七日に至つて解消し、平常に復することができたが、坑内には不祥事件が相次で起り、五日には圧気管のゴムホースが切断、六日には坑内局部扇風機のスイッチが切断され、七日には電動機のギヤーボクッスのバッキングカバーが破壊十一日には炭車逸走止装置の針金が切断され、これがため十二日に至つて長崎日日新聞は、これ等の事故を以て、炭鉱爆発の計画を示すものと報道するに至つた。而かも、その間坑内においては、八月七日より同月二十一日迄引続いて生産サボの煽動行動があり九月一日には、百万寮の一部が集団欠勤主謀者の処分反対、芦田反動内閣打倒を理由として、ストに突入したのであり(このストについては第二組合は直に反対し、第一組合は、その指令によらない旨の回答を発して居る)要するに、これ等の不祥事件は、右のように解雇によつて、鉱員たる身分を失つた以上その身分に基いて使用を許された本件の住所から直に退去することを至当とするにもかゝわらず、被申請人等が今以てこれを不法占拠し、従来の労働組合幹部たる地位を容易に利用することのできる立場にあるものを奇貨とし引続き鉱員を煽動して居る結果に外ならない。それ故今日被申請人等に本件居住の継続及び高島鉱業の地域への立入を許容することは職場秩序の破壊、生産阻害の結果を招来するおそれが多大であるばかりでなく、申請人会社としては、炭鉱住宅の著しい不足の現状において鉱員でない被申請人等に貴重な炭鉱住宅を永く不法に占拠されることは、苦痛に堪えないところであるから、本件家屋及び鉱業地域より被申請人等を他に移動させ、申請人会社を以上のような不当な立場より免れさせることを必要とする事情は、今日実に逼迫したものであるといわなければならない。而かも申請人会社は、特に長崎市内に被申請人等の移転先を用意して、その住居には何等の不安なからしめて居るものである。そこで被申請人等を本件家屋及び炭鉱地域より右移転先に移転させる仮処分を求めるため本申請に及んだ旨陳述し、被申請人等の抗弁を否認した。(疎明省略)

被申請人等代理人は、本件申請却下の判決を求め、答弁として申請人の主張事実中申請人会社がその主張のような石炭鉱区を所有し高島礦業所の名称を以て、石炭採掘業を営むものであり、被申請人等が申請人会社に雇われ、申請人主張の寮室又は社宅に居住するものであること、右鉱業所には申請人主張のような第一組合及び第二組合の二労働組合があつて、被申請人等がいずれも第一組合に所属すること。日本石炭鉱業連盟及び全日本石炭産業労働組合中央本部間に成立した賃金中央協定に基く採炭夫の採炭目標実施につき、申請人会社と右組合との間に、昭和二十三年七月二十二日以降申請人主張のように数次に亘り団体交渉を重ねて来たが協定成立に至らなかつたこと、同年八月四日夜組合側が従業員大会を開催し、引続き深更職場代表会議を施行し、その場において四十八時間ストを決議し、その結果五、六両日多数の採炭夫の集団的欠勤を生じたこと、会社側より八月五日文書により組合側に対し右四十八時間ストは組合において支持するかどうかを糺しその回答を求めたところ、両組合共申請人主張のように、ストは組合の指令に基かないもので、組合はこれが収拾に万全の努力を致す旨の回答をしたこと。申請人主張のような不祥事件が坑内に発生し、その主張の新聞生産サボの状況が継続したこと、申請人主張の日時主張のような百万寮寮生一部のストが起り、これに対し組合より会社に対しその主張のような回答をしたこと、及び申請人が会社就業規則により賞罰委員会を開いて被申請人等を解雇する旨の決議をし申請人主張の日時主張のように予告手当を提供したが、被申請人等がこれを受領しないので弁済供託をしたことは、いずれも争わないけれどもその余の事実はこれを否認する。たとえ被申請人等の言動が本件採炭夫の集団的欠勤の一原因をなしたとしても右集団的欠勤は、職場大会の決議の下に行われたもので、労働組合法にいわゆる争議行為たる同盟罷業であり被申請人の行為は同盟罷業参加の勧誘行為たるに止まる正当のものであり、殊に申請人主張のような紛争処理機関に付議すべき旨の中央協定は、中央本部傘下の組合を拘束するとも、該組合の組合員までも拘束するものではないから、申請人会社の本件解雇は違法無効である旨陳述し尚八月六日組合と申請人会社との間に行われた団体交渉において、申請人は本件ストに対し責任を追及しないと言明し被申請人等を解雇しない旨の意思表示をして居るから、この点よりも、本件解雇は、無効である旨抗弁した。(疎明省略)

理由

申請人会社がその主張のような石炭鉱区を所有し、高島鉱業所の名称を以て石炭採掘業を営むものであり被申請人等が申請人主張のように申請人会社に雇われ申請人主張の寮室又は社宅に居住するものであること及び右鉱業所には、申請人主張のような第一組合及び第二組合の二労働組合があつて被申請人等がいずれも第一組合に所属することは、当事者間に争がない。そこで申請人会社の被申請人等に対する本件解雇が果して申請人主張のように有効であるかどうかについて、検討するのに昭和二十三年五月二十四日、日本石炭鉱業連盟及び全日本石炭産業労働組合中央本部間に成立した賃金中央協定に基く採炭夫の採炭目標実施について、申請人会社と第一第二組合との間に同年七月二十二日以降申請人主張のように数次に亘り交渉を重ねて来たが、協定成立に至らなかつたこと。同年八月四日夜組合側が従業員大会を開催し引続き深更職場代表会議を施行し、その場において四十八時間ストを決議し、その結果、五、六両日多数の採炭夫の集団的欠勤を生じたこと、幸いに右ストは組合が極力一般従業員に対し就業を督励したので、八月七日に至つて解消し、平常に復することができたが、坑内には申請人主張の各日時主張のような施設破損の不祥事件が相次で起り長崎日日新聞はこれ等の事故を以て炭鉱爆発の計画を示すものと報道するに至つたこと、而かもその坑内においては同月七日より二十一日迄引続いて生産サボ状態が継続し、翌九月一日には百万寮寮生の一部が、申請人主張のように、ストに突入した事実は、これ亦いずれも当事者間に争いのないところであり、成立に争のない疎甲第一乃至第五号証第九号証の一、二、証人大場敏代の証言により真正に成立したと認める同第十号証の一乃至十七、第十六号証、並びに証人小河内孝男、大場敏代(第一、二回)首藤忠夫、佐藤壽、平井浩、萩原正吉の各証言に右集団欠勤及び百万寮々生のストがいずれも第一、第二、両組合の指令によるものでないことの当事者間に争いのない事実を綜合すること、前示採炭目標につき、申請人会社は当初二、九六凾を主張したが、団体交渉に当り二、八五凾まで譲歩したのに対し、組合側は、終始二、五三凾を堅持し、態度が頗る強硬であつたゝめ、交渉が停頓し会社側において中央協定に基き紛争処理機関に提訴する旨揚言するに至つたが当時は未だ団体交渉が全く決裂するまでには立ち到つて居らなかつたと同時に、その後同月十三日九州地方紛争処理委員会において申請人会社の主張を以て正当なりと判定したことによつても判るように組合及び組合員側としては、むしろ自己の主張の当否を再検討した上譲歩すべきは譲歩し、信義に則り誠実に団体交渉を継続する必要があり、斯くしてもなお協定の余地がないようになつたときは、国家再建のため石炭生産の重要性に鑑み、紛争を平和的に解決するため、前示中央協定に基き紛争処理機関の議に付すべき責務を有しており、組合幹部たる被申請人等は斯様な中央協定の存在を知悉しながら、全くこれを無視し、組合の指令もないのに、四日夜両組合主催の下に高島協和会館において従業員大会が開催された席上、参集した従業員の会社に対する不満を利用し、別段従業員の間にスト決行の空気もないのに、被申請人楠原、富永、道久、吉井、高木、川場等においてこれ等の参集者に対し実力行使により断乎闘争すべきことを強調し、散会後被申請人高木において、各職場代表約百二、三十名の残留を求めた上右被申請人等及び被申請人森泉、中本等よりスト決行を慫慂煽動し遂に二十数名のものにおいて秘に四十八時間ストを決議するに至り、その結果ついに五、六の両日に亘り多数の採炭夫の集団的欠勤を生じさせた外、被申請人工藤、國武、高木等は、機会ある毎に、従業員に対し生産サボを行うべきことを励奨して、同月七日より二十一日頃迄の間、従業員をして生産サボを決行させ同月中約四千八百瓲の減炭を来させ、更に百万寮々生等が会社の措置に不満があるのを捉えて、組合の指令もないのに、被申請人楠原、富永、吉井、川場等は、これを煽動してその一部をストに突入させるに至つたことを一応推認することができる、そうだとすると斯様な事情の下において被申請人等が多数の組合員を煽動して集団欠勤及び生産サボをさせ、申請人会社に対し著しい生産阻害を与えた叙上行為たるや労働関係調整法第四十条にいわゆる争議行為の範囲を甚しく逸脱する不当のものであること何等の疑をも容れないから、申請人会社が会社就業規則に則り賞罰委員会を開いてこれ等主謀者たる被申請人等を解雇する旨決議し申請人主張の日時主張のように被申請人等に対し解雇の通知をし、且つ労働基準法第二十条の規定により予告手当を支給するから受取に来るよう催告したけれども、受取に来なかつたので、右手当を弁済供託したことは、被申請人等の認めて争わないところであるから被申請人等に対する本件解雇は、これにより有効に効力を発生し被申請人等は申請人会社の従業員たる身分を失つたものといわねばならない。

そこで進んで申請人の求める仮処分の理由の存否について按ずるに、被申請人等の解雇されるに至つたのは、前認定のように被申請人等が徒らに闘争を標榜して不当に従業員を煽動し、集団的欠勤及び生産サボをさせた主謀者なりとの理由によるものであるからたとへ証人松尾亀一の証言により知り得るように、九月に入り従業員が漸次平静に復して出勤稼働率及び出炭率が上昇しつゝあるとはいゝながら被申請人等に本件居住の継続及び炭鉱現業区域への立入を許容することは、叙上解雇の理由乃至事情より推考し尚証人小河内孝男、大場敏代の各証言にも参酌して他の従業員に面白からぬ影響を与へ、惹いては、右解雇に関しこれが無効又は取消を要求して、再び紛争を惹起すべき情勢を醸し出すべき状況にあり、斯くては折角平静に復しつゝある職場秩序を破壊し上昇しつつある生産を阻害する結果を招来すること必至なりというべく、他方又前認定のように被申請人等は申請人会社の従業員たる身分を失つた以上その身分に基いて使用及び立入を許容されて居た寮室、社宅及び現業区域を退去しこれに立入ることのできないことは当然であり、申請人会社が被申請人等の退去した寮室及び社宅に他の従業員を入居させることは申請人会社が斯様な設備をした趣旨より当然考えられる事柄であり、而かも炭鉱住宅の著しく不足して居ること及び増炭の一刻も忽せにすることのできないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、最早鉱員でない被申請人等に不法に貴重な炭鉱住宅を占拠されたり、現業区域に立入られたりすることは、申請人の苦痛に堪えないところであり、申請人をして以上のような不当な立場より免れさせることを必要とする事情は、今日実に逼迫したものであると断じなければならない。以上の諸点並びに被申請人等が退寮又は立退をした場合の居住場所として、長崎市内二個所を準備してあるとの成立に争のない疎甲第七号証に徴し明かな事実を考慮するときは被申請人等に対する申請人の本件仮処分申請は相当として、これを認容すべきであるから、民事訴訟法第七百六十条、第七百五十六条、第七百四十一条、第八十九条、第九十三条に則り、主文のとおり判決した次第である。

別紙目録省略

注、昭和二十三年十二月控訴の申立あり。

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